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会員の活動紹介

四国霊場八十八箇所歩き遍路

四国霊場八十八箇所歩き遍路 横内 孝文さん

2022年6月12日(月)に ゆうむ25 504号室にて弘法大師ゆかりの四国霊場八十八ヶ所と高野山の総距離1251kmをすべて徒歩で巡礼された横内孝文さんからお話をお聞きしました。

<プロフィール> 
 昭和50年浜沢工業大和工場に入社、シェーバーの開発設計を担当。その後版下作成のCAD・CAMシステムの開発、液晶表示体のCAD・CAM推進などを担当し、川崎の溝ノ口に赴任。表示体事業縮小に伴い知財グループにて特許調査業務に従事し、2016年退職。若い頃は職場旅行、忘年会、飲み会など、職場単位で人と人の交流が活発に行われていた時代でした。

<活動内容>  
 65歳の再雇用終了時にお世話になった皆さんへの挨拶で、日本百名山踏破と四国霊場八十八ヶ所巡りをしたいと宣言しました。宗派は真言宗ですが、特に信心深いわけではありません。
 四国のお遍路は、八十八ヶ所の霊場(寺)を回ったあと最初の霊場に戻り、最後に高野山を参詣して終わります。2018年3月26日に徳島県の第一番札所霊山寺(りょうぜんじ)から巡礼を始め、徳島県23ヶ寺、高知県16ヶ寺、愛媛県26ヶ寺、香川県23ヶ寺をすべて歩いて回りました。八十八番大窪寺で写真にある「結願(けちがん)」の証書を頂き、第一番霊場に戻りお礼参りをし、その足で和歌山へ渡り九度山駅から歩いて高野山に参詣しました。結果として何かが変わったわけではありませんが、やり切ったという充実感が得られました。
 霊場にお参りした際には作法があります。ローソクと線香を供え、賽銭と納札(おさめふだ)(住所と氏名が書かれたもの)を納め、お経(般若心経、他)を唱えます。これを本堂と大師堂の2カ所で行い最後に御影と納経帳にご朱印を貰うので、20~30分はかかります。納札にある「同行二人」は弘法大師さんと二人づれの意味です。
 2018年から2021年の4年間に4回に分けて歩きましたが、コロナ禍で2020年はお遍路ができない時期があり、実質3年間で行いました。歩くときは背中に「南無大師遍照金剛」の文字が入った白衣(びゃくえ)を着て、菅笠を被り、金剛杖を持ち、納経帳や着替え等を入れたリュックを背負いました。歩行距離1251km、日数44日、平均1日約28km、最長1日41kmで、季節の良い春を中心に歩きました。
 「お接待」と言ってお遍路さんに飲み物や果物を無償で提供してくれる休憩所や、到着が遅くなって迷惑をかけた宿もあり、四国の人の優しさや情けを感じました。遍路宿もコロナの影響と高齢化で止めてしまう所が増え、これからの歩き遍路は今までより大変になると思います。
 エピソードとして、徳島を回った時はスニーカーだったが山道が多く大変だったので、その経験から高知県では登山靴にしたところ、今度は登山靴には不向きな舗装の平地が多く足を痛めて歩けなくなり、途中で断念し帰宅した失敗もありました。歩き遍路は大体同じペースなので同じ人と同じ宿に泊まることが多く、情報交換を通じて色々な人と知り合いになり、今でもSNSで連絡をとっている人が5人ほどいます。日本語で般若心経を唱える外国人のお遍路さんもいました。また、歩き遍路の後日本全国を回ってからロシアを横断してモスクワからミラノへ戻るというイタリア人には、スケールの大きさを感じました。働いてお金が溜まるとお遍路に出るというお四国病の仙人のような風貌の人にも出会いました。それも一つの生き方かなと思います。
 遍路回数により納札の色が異なります。遍路中に100回以上の錦札(きらびやかな錦織の布製)や50回以上の金札(金色の紙製)を先達さんから頂きました。

横内さんから一言
 宗派に関係なく、一度は八十八ヶ所を巡って見ることをお勧めします。それぞれの事情がありますから、歩ける人は歩けば良いし、電車やバスでも車でも手段は何でも良いと思います。ツアーもあります。歩いて巡るとご利益が何倍もあると言われますが、お遍路のご利益に手段による差はないと思います。日数分の宿代がかかる歩き遍路が一番贅沢かつ大変ですが、元気な方はぜひチャレンジしてみてください。「晴れでも雨でも毎日朝から晩までただひたすら歩く」のも良いですよ。ノウハウ提供いたします。

感想
 とても淡々とお話をいただきました。それだけにすごさも感じることができました。横内さんは歩くことがとても好きのように感じられ、それがベースにあって四国霊場巡礼をすべて歩いて回ったのだと感じました。とても楽しそうにお話をしていただきました。

            (取材HP委員 飯田 益男 小泉 照雄)

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