公益社団法人才能教育研究会「スズキ・メソード」を知っていますか?

「スズキ・メソード」という言葉を聞いたことがあるでしょうか。
幼少のころに楽器を習っていた方はご存じかと思いますが、『スズキ・メソード』とは、ヴァイオリニストであり教育家でもある鈴木鎮一氏が創始した「母語教育法」(赤ちゃんが母語を自然に習得するように、耳から音楽を繰り返し聴き、まねることで楽器を習得する)に基づいた教育法です。そして、「音楽を通して心豊かな人間を育てる」ことを理念としています。
その『スズキ・メソード』を日本国内で普及・推進しているのが、「公益社団法人才能教育研究会」(本部:長野県松本市)です。
黒河内健さんは、セイコーエプソンを定年退職された年に、上記の公益社団法人に転身され、常勤業務執行理事に就任。現在もその職を継続されています。これまでの経緯や、公益社団法人ならではの苦労などを伺いました。
<プロフィール>
1981年に信州精器に入社。1985年までは海外営業部で米国市場向け液晶を担当。その後、表示体事業部の国内営業(松本・新宿)を経て、1988年からESPシンガポールに駐在し、デバイス営業を担当。1993年に表示体営業部(日野)に戻り、1995年にはデバイス営業本部アジア営業部担当。2001年からECC(北京・上海)に駐在しデバイス営業に従事。2006年にエプソントヨコムに戻りデバイス営業本部を経て、2010年にEEG(ミュンヘン)に赴任。2018年に定年退職するまで、現地法人責任者として駐在されていました。
<「公益社団法人才能教育研究会」理事に就任した経緯>
黒河内さんは、3歳から上諏訪の『スズキ・メソード』教室でヴァイオリンを習い始め、中学3年まで続けていたそうです。高校では体を動かすクラブに入ろうと考え、球技系は苦手だったため、柔道と応援団を3年間続けたとのことです。
大学入学時(4~5月)に病気で入院することになり、初めて大学に行ったのは6月。すでに教室内にはグループができており、友人を作るためにはどこかのサークルに入るしかないと思ったそうです。大学のオーケストラサークルを聴きに行く機会があり、「また音楽をやるのもいいな」と考えて入会を申し出たところ、ヴァイオリンパートで参加することができました。

そのオーケストラサークルでは、当時世界的な指揮者であったカラヤンが来日した際に大学の講堂でリハーサルの指揮をしてもらうという、音楽関係者からも非常にうらやましがられる得難い経験をされたそうです。
「大学を出て信州精器に入社後、20代は信州大学オーケストラにヴァイオリンパートのエキストラでよく参加していましたが、30代を過ぎると仕事も多忙になり、40代までは会社生活中心でヴァイオリンから離れていました。」

「50代でドイツ駐在になった年、会社(EEG)のクリスマスパーティーでヴァイオリンを弾いたところ、みんなが喜んでくれて、それから8年間、毎年演奏しました。翌年以降は、「私はピアノを弾きましょう」「私は歌を歌いましょう」と、年々演奏に加わるメンバーが増えていきました。ドイツでは、音楽が生活の中に根付いているのだなと実感しました。(取材者追記:バッハ、ベートーヴェン、ブラームスの母国ですものね)
『スズキ・メソード』で習った曲には、みんなで楽しめる良い曲が多く、その曲は何歳になってもヴァイオリンを持てば弾けました。合奏したり合唱したりしながら、仲間の輪が広がるのを実感してきました。」とのことです。
「このドイツ駐在時、60歳定年が近づいてきたころ、60歳になったら違う環境で仕事をしてみようと思ってはおりました。そんなときに、バイロイト音楽祭(取材者追記:ドイツの作曲家ワーグナーの大作が上演される音楽祭で、EGGのあるミュンヘンからバイロイトまでは約200kmあります)で『スズキ・メソード』の関係者の方と出会い、『黒河内さん、そのうち実家の塩尻に戻るならスズキ・メソードの本部に』とお話をいただき、60歳定年になった2018年に松本市にある『公益社団法人才能教育研究会(スズキ・メソード)』の本部事務局に入りました。
『スズキ・メソード』は長年生徒の減少が続いており、エプソンでの経験を活用して何とか歯止めを打ちたい、外で他流試合をしてみたい、という密かな野望もありました(今はそんな簡単なものではないと実感していますが……)」

<「公益社団法人」での苦労について>
「公益社団法人」とは、公益(社会全体の利益)を目的とし、行政庁の厳しい審査をクリアして「公益認定」を受けた団体です。そのメリットは、高い社会的信用と税制優遇(寄付金優遇など)により寄付が集めやすくなることですが、デメリットとして、厳しい公益認定基準の遵守(公益目的事業を50%以上実施)、事業内容の制約、高い事務負担、専門知識の必要性(行政庁への報告義務など)が伴います。
◎公益法人と民間企業との違いに対応すること:
「公益法人は民間企業とは違う『縛り』があり、就任した当初は戸惑いました。民間企業では売上・利益を伸ばし、蓄積することが第一目標ですが、公益団体は基準以上の利益を貯めることは許されず、基本的に当年度の収入(会費・事業収入・補助金等)をほぼ支出(運営・事業活動費用や修繕費等)しなければならない、自転車操業的な経営が求められます。
また、事業を進める上でボランティア的な活動を求められることもあり、エプソン時代とは違う職業意識を持たなければなりませんでした。」
◎小規模組織での連絡マネジメント
「運営本部は少人数組織で、松本本部の事務局員は約10人です。
エプソン時代に経験・対応してきた人事マターと同じようにはできないため、試行錯誤の毎日となっています。
苦労の一例が、生徒・指導者への連絡です。
現在、日本国内での生徒数は約8,000人、指導者は約700人、合わせて約8,700人に必要事項を連絡するのですが、その通信手段にはいまだに郵送連絡が残っています。ネットの理解促進や環境整備を進めたいのですが、少人数組織の中では、なかなか進められていないのが現状です。」
◎幼児教育に関する市場環境変化への対応
「民間企業の売上にあたるのが生徒数になりますが、このところ減少が加速しています。市場環境変化として大きかったのが、2019年から始まった『幼児教育・保育の無償化』の実施です。
ここで生まれた経済的な余裕が、少しでも良い環境で子どもを学ばせたいと願う親の思いと相まって、『小学校受験』『幼稚園受験』といわゆる『お受験』につながり、『お受験対応の塾』がライバルになってきています。
この環境変化の中、生徒数の減少を抑え、回復できるか。エプソン時代の営業で得てきた知見や経験則だけでは残念ながらうまくはいかず、こちらも関係者を巻き込みながら試行錯誤を続けています。」
<“やりがい”について>
「エプソン時代は、もっぱら営業畑でしたが、国内の各事業部、シンガポール、中国、ドイツの各海外現地法人で、営業だけでなく職場管理や企業統治なども広く経験してきました。それらの経験が、公益社団法人組織のさまざまな局面でとても役立っていると感じています。
うまく対応できた時は、理事会メンバーだけでなく、運営本部メンバーや指導者の皆さんからも感謝されることが多々ありました。
退職後、たまたまドイツ(ミュンヘン)駐在時に『スズキ・メソード』の関係者に出会ったことがきっかけで新しい仕事場に移れたのですが、民間企業との違いに戸惑いながらも、エプソン時代の経験を活かせる、自分に適した仕事だと実感してきており、これが“やりがい”につながっているように思います。」
<今後の目標など>
「仕事の上では、とにかく生徒数の減少(現行前年比約-4%)に歯止めをかけること、また公益団体としての収入源を広げることを、公益社団法人の組織運営を通じて実現していくことが目標です。
現行の理事職の定年は73歳までなので、それまで職務を遂行すべく、プライベート面では体力・健康維持が目標というより、大きな課題だと認識しています。
週5日出勤していますが、自動車通勤のため、ほとんど歩かない生活になっているのが実情です。高校時代にやっていた柔道はもう無理ですが、休日のウォーキングやゴルフの機会を増やそうと思っているところです。」
<取材を通して感じたこと>
取材中、終始にこやかに対応していただきました。
「明確な目標を立てて、こうなりたい、と考えたことはなかったのだけれど、その時々の上司や先輩に声をかけてもらって、職場を異動したり、シンガポール、中国、ドイツへの駐在の機会をいただいたという感じです」とおっしゃっていましたが、その都度「新天地でやってみよう」と判断されていることに、“幸運の女神には前髪しかない”という言葉を体現されている方だな、と思いました。
スズキ・メソード出身の日本の主な有名人を調べてみると、さだまさし、葉加瀬太郎、久石譲といった音楽関係の方々だけでなく、田中康夫(作家・元長野県知事)、佐藤康光(永世棋聖・元日本将棋連盟会長)、恩田陸(小説家・直木賞)などの方々もいらっしゃいます。
しかも長野県松本市に本部があることもあり、スズキ・メソードの今後も楽しみだな、と思いました。
取材のご協力、ありがとうございました。
(取材HP委員:大槻清子・加瀬裕之)